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宇治茶の文化的景観とは
「宇治茶の文化的景観」
京都府南部の山城地域はお茶の生産技術を向上させて、日本茶を代表する抹茶、煎茶、玉露を生み出した「日本茶のふるさと」であり、約700年間にわたり宇治茶の生産を行ってきました。
「宇治茶の文化的景観」は、緑茶としての独自の発展とさまざまな喫茶文化を生み出した歴史を物語る無二の景観で、現在まで脈々と受け継がれています。
提案のコンセプト
本資産は、中国から受容した蒸し製法※を含む茶の生産法※をもとに覆下栽培※と宇治製法(青製煎茶製法)※という新たな生産技術により、世界にない新しい緑茶※、「抹茶※」、「煎茶※」、「玉露※」を生み出した技術革新を示す文化的景観である。約700年にも渡る宇治茶の生産法は、茶葉の栽培を行う覆下茶園※及び露地茶園※、荒茶製造※を行う茶工場※、仕上茶製造※と合組※を行う茶問屋※からなる特有の景観を形づくり、今も進化を続ける。この生産法は、日本各地の茶産地に伝えられ、日本における茶生産の発展においても大きな役割を果たした。そのため、本資産は、世界及び日本における茶の歴史の理解のために欠くことができない重要な文化的景観である。
中国を原産地とする茶は、人類が利用しはじめてから約2000年の歴史を有し、今日全世界で親しまれている保健飲料であり嗜好飲料である。日本には、中国への留学僧や商人によって、9世紀前期までに伝えられたとされ、健康によいとして独自の喫茶文化を生み出した。
京都府南部の山城地域における茶の生産は14世紀前期までさかのぼり、中国から蒸し製法をはじめとする茶の生産法が伝わった。以降、政治と文化の中心地であり茶の大消費地でもある京都の近郊という好立地にあることから、水運を利用して大都会ならではの豊富な下肥や、菜種油粕などの肥料が入手しやすい環境にあるとともに、茶の栽培に適した自然条件にも恵まれ、伝統の継承と技術革新を繰り返しながら、遅くとも15世紀中期までには日本を代表するトップブランド「宇治茶」の産地として知られるようになった。その後、その地位に甘んじない茶業者の努力により、「抹茶」、「煎茶」、「玉露」という新たな日本特有の茶を生み出し、今日までその地位を保ち続けている。
その結果、「抹茶」、「煎茶」、「玉露」の栽培に対応した平地のみならず丘陵や河川敷に展開される覆下茶園や傾斜地に展開される山なり開墾と呼ばれる露地茶園などの茶園と、茶農家と茶工場のある集落、水運など地の利を活かした茶問屋の町並みが形成され、現在に至るまで受け継がれている。
本資産は、このような複数の茶種の生産により形成される多様な茶園と茶生産関連施設等を構成資産とすることから、その内容はシリアルプロパティ(複数の遺産を同じ歴史や文化群のまとまりとして関連付け、全体で価値を有するもの)となる。
また当地域において、「抹茶」の生産は「茶の湯」を、「煎茶」、「玉露」の生産は「煎茶道」という喫茶文化を支え続けている。その一方で「煎茶」の生産は、急須で茶を淹れるという「日常生活に根付いた喫茶文化」を一般化させた。このように当地域では、「抹茶」、「煎茶」、「玉露」を生産することにより、国民諸階層を対象とした緑茶の喫茶文化の形成に大きく寄与している。
「宇治茶の文化的景観」は、「緑茶生産の伝統と革新の歴史」、「緑茶生産の歴史上の重要な段階を物語る景観の類型」、「緑茶生産を特徴づける土地利用」、「喫茶文化との関連」という点において、緑茶として独自の発展をとげるとともに、喫茶文化の形成にも寄与した緑茶生産の歴史・文化を雄弁に物語る無二の茶の文化的景観である。
提案コンセプトに係るキーワード
蒸し製法 | 茶の酸化酵素の活性を止める方法の一つ。中国から日本へ伝えられた製法。現在の中国では釜炒り製法が主流である。 |
中国から受容した蒸し製法を含む茶の生産法 | 中国から日本に伝えられた茶の栽培法と製茶法。大きく次の3回に分けられる。中国は新しい喫茶文化を発明してきたが、基本的に明代の淹茶法以外残っていない。 唐代:露地栽培の茶葉を使い、蒸すなどして揉まずに焙炉で乾燥させ、固形・葉茶にしたのち粉末にして煮出して飲む茶が伝わる。 宋代:露地栽培の茶葉を使い、蒸し製で揉まずに焙炉で乾燥させ、粉末にして湯を注いで飲む茶が伝わる。その後、覆下栽培の茶葉を使った現在の「抹茶」が発明された。 明代:釜で揉みながら炒って乾燥させ、茶を湯に浸して抽出液を飲む茶が伝わった。その後、唐代の茶を筵等で揉んだ後に乾燥させて煮出して飲む「揉み製煎じ茶」を経て、焙炉の上で揉みながら乾燥させる宇治製法による「煎茶」が発明された。 |
覆下栽培 | 覆資材を用い遮光して新芽を生育させる栽培法。遮光することで鮮やかな濃緑色をしたうまみが強い茶となる。当産地で発明された新技術であり、中国から伝わった抹茶とは味や色味が異なる新しい抹茶を生み出した。この技術は玉露に取り入れられる。被覆資材には、伝統的に葦や藁が使われてきたが、現在は主に化学繊維資材が使われる。 |
宇治製法(青製煎茶製法) | 蒸した茶葉を焙炉の上で手で揉みながら乾燥させる製茶法。当産地で発明された技術である。幕末から明治前期にかけて宇治製法による煎茶の生産が主流になっていった。現在は手作業の工程をベースにした機械化が進む。 |
緑茶 | 茶葉を蒸熱又は釜炒り等の方法により茶葉中の酵素を失活させた後、飲食用に供せられる状態に製造したもの。 |
抹茶 | 覆下栽培した茶葉を蒸して揉まずに乾燥した茶葉(碾茶)を茶臼で挽いて微粉状に製造したもの。湯を注ぎ茶筅で撹拌して飲む。茶の湯、茶道に欠かせない茶である。 |
煎茶 | 露地栽培した茶葉を宇治製法により製造したもの。茶を湯に浸した浸出液を飲む。 |
玉露 | 覆下栽培した茶葉を宇治製法により製造したもの。茶を湯に浸した浸出液を飲む。煎茶よりうまみが強い。現在、高級茶として知られている。 |
覆下茶園 | 覆下栽培を行う茶園。被覆棚で覆う茶園は平地に多く、河川敷にも見られる。 |
露地茶園 | 露地栽培を行う茶園。平地のほか集落の裏山など傾斜地に多く見られる。防霜ファンが発明されるまでは霜害の少ない風通しの良い谷地や川霧が発生する川沿いに多く、戦後の機械化により増産が可能となり山の頂きまで山なりに開墾された茶園が増える。乗用摘採機の普及後は平地に造成された茶園が増える。 |
荒茶製造 | 茶の生葉を蒸し、抹茶用には揉まずに、煎茶、玉露用には揉みながら乾燥する。 |
茶工場 | 荒茶加工を行う工場。農家に併設し機械化までは焙炉で行われた。機械化が進むと、抹茶用の工場では碾茶炉に、煎茶用の工場では手揉み工程を元にした機械の導入が進んだ。近年は共同工場化が進む。 |
仕上茶製造 | 茶を商品化するための最終工程。荒茶を精製し、棒や茎、粉茶などを取り除き、茶葉の形及び大きさを揃えて外観を調え、再乾燥して劣化を防ぎ、再火入れによって香気とうまさを引き出す。 |
合組 | 茶産地や生産時期が異なる茶を組み合わせること。個々の茶の特性を生かし、消費地の嗜好に合わせた茶を作る。紅茶の場合のブレンドに相当する。 |
茶問屋 | 荒茶を各地から仕入れ、合組と仕上げ加工、卸・小売のいずれか又は全部を行う。 |